設立50周年記念大会

テーマ:地域とともに歩む精神保健福祉へ

特定非営利活動法人川崎市精神保健福祉家族会連合会あやめ会は、5月14日(月)13時から川崎市総合自治会館にて、設立50周年記念大会を開催しました。
当日は、川崎市長をはじめ市議会議長と市議会議員、市行政関係部署職員、精神保健福祉関係団体の方々、一般市民の皆様およびあやめ会会員の家族を含めて、約300名の方々にご来席いただき盛大な大会であったと思います。改めて、この紙面をお借りして、感謝申し上げますと共に、記念大会の内容は次のとおりです。(設立50周年記念大会プログラム 参照)。

第1部は、記念式典(13:00~13:40)です。
・主催者挨拶に続いて、
・来賓祝辞を川崎市長、川崎市議会議長、川崎市社会福祉協議会会長、じんかれん理事長から頂きました。引き続き
・活動・事業紹介を川崎市7区家族会(川崎区:さんか会、幸区:さちの会、中原区:こすぎ会、高津区:すいよう会、宮前区:もくよう会、多摩区:泰山木の会、麻生区:麻生やまゆりの会)並びに当会運営4事業所(地域活動支援センターみなみ、同窓の会、共同生活援助事業所ホームAYAME、同あやめサボール)の代表者から行いました。
第2部は、シンポジウム(13:45~15:50)です。
・基調講演:白石弘巳氏(埼玉県済生会鴻巣病院副院長/あやめ会理事)が「これまでの50年とこれからの精神保健福祉」をテーマに講演されました。その基調講演を踏まえて、
・パネルディスカッションが「地域とともに歩む精神保健福祉へ」をテーマに行われました。基調講演講師の白石弘巳氏と竹島 正氏(川崎市精神保健福祉センター所長)を共同コーディネーターとして、進行と取りまとめをして頂きました。パネリストは、当事者代表のT・Oさん(窓の会)とY・Tさん(窓の会、ピアサポーター)、家族代表の長加部賢一さん(こすぎ会)と橋爪孝子さん(もくよう会)、支援者代表の橋本 剛さん(ホームAYAME、あやめサボール職員)、行政代表の津田多佳子氏(川崎市精神保健福祉センター担当課長)、あやめ会からは清水 信さん(副理事長、すいよう会)に務めて
頂きました。
第3部はミニコンサート(16:00~16:30)です。
・最初に、当会運営「窓の会」音楽教室講師の鈴木晴世さん(ピアノ)、桜井三月さん(フルート)、小林広樹さん(ギター)により、「To Love Again」ほか数曲が演奏され、引き続き窓の会の音楽教室メンバーに、地域生活支援センター「ゆりあす」合唱クラブほかの友情出演も加わって、合唱とトーンチャイム伴
奏が行われました。曲目は「上を向いて歩こう」他2曲がトーンチャイムの音色に合わせて歌われました。
以上の大会開催中は、総合自治会館の談話コーナーにおいて、手作り品の展示・販売コーナー、心の健康相談コーナー及び家族会紹介・入会コーナーが設けられ、賑わっていました。

以下に、それぞれの項目ごとに、その内容を報告します。

第1部 記念式典

1.主催者挨拶

理事長 山本 泰彦

ご紹介いただきました理事長の山本泰彦と申します。
本日は、川崎市精神保健福祉家族会連合会あやめ会の設立50周年記念大会を開催しましたところ、川崎市長様はじめ、多くの来賓の先生方、また関係団体、会員の皆様方におかれましては、大変ご多用の中、お越しいただきまして心より御礼を申し上げます。また、当会の活動に対しまして日頃より一方ならぬご支援、ご理解等を賜りまして、重ねて御礼を申し上げます。
当会は、昭和44年6月に設立され、丁度今年で50周年を迎えております。昭和40年代に川崎市内各区に家族会がつぎつぎと組織され、その連合会組織としてあやめ会が44年に設立されております。当時はまだ社会資源の整備が進んでいない時期であり、あやめ会が自ら県下第1号のあやめ作業所を開設したのを 皮切りに、みゆき作業所ほか3作業所、またグルー プホームとしてホームAYAME他1ホームを設立して おります。当時は、地元の反対等により移転を余儀な くされたなどの困難もございましたが、その後、他の団 体に移管した一部の作業所も含めて、それらすべて の作業所が今日も活動を継続していることを申し添え たいと思います。
また、設立当初、拠点となる事務所が なくて、非常に活動に支障がありましたが、こころの健 康相談事業の相談室として、溝の口にございます地域福祉施設ちどりの一室を川崎市のご配慮によりお借りすることができたのが契機となって、今日もその地を拠点として活動しているところでございます。さらに、資
金不足に悩む中でございましたが、平成8年に、こころの健康相談事業を市の委託事業にしていただき、それ以降も家族学習会事業等についても、順次、委託事業の取り扱いにしていただき、今日、順調な運営をさせていただいております。
また、訪問活動、これは全国的にユニークな活動ですが、平成12年から開始いたしております。本日、基調講演をお願いしています白石弘巳先生をはじめ多くの先生方の全面的なご支援のもと、ならびに市民ボランティアの方々のご協力をえまして、国内唯一の家族会によるひきこもり支援事業がスタートした訳でございます。
このように、あやめ会が今日に至るまでの道のりは、平坦なものではなく、今日、あやめ会があるのは先達の強いこころざしと行動力、並びにこれを支え続けて頂いた川崎市政のお陰であると、心より感謝の意を表したいと思います。
また、各区家族会が解散の危機に何度も直面しながら、それを乗り越え、今日まで活動を続けてきたことが、礎になっていることを忘れてはなりません。
現在のあやめ会の活動につきましては、配布資料の中の活動概要に記載しているとおりですので、ご覧いただきたいと思います。また、各単会、事業所の活動内容につきましては、後ほど、代表者から紹介があろうかと思いますので、お聞きいただければ幸いです。
このたび50周年を迎えた訳ですが、これからの活動がどうあるべきかが問われていると思っております。これまで培ってきました知見や作り上げてきました組織基盤を次代に引き継ぐと同時に、家族会あるいは精神保健福祉の在り方につきまして、関係者また地域の人々の意見を踏まえまして、今後の方向性を見出すことが求められていると考えています。後ほど、「地域とともに歩む精神保健福祉へ」をテーマとしたパネルディスカッションが行われますが、その議論の集約の中で貴重な示唆が得られるものと期待をしております。
これからは、精神疾患を持つ人を医療や家族ではなく、地域で支えていこうとする施策や、また、社会参加・就労を後押しする施策が一層推進されると期待されますが、同時に、当事者や家族自らも地域との交流に一歩を踏み出すことにより、これら施策が効果的に推進されることを願っているところでございます。家族会活動も、限られた会員向けの活動に留まることなく、地域の人々も対象に加えた開かれた活動をしていかなければならないと日頃から考えているところでございます。
川崎市内には、推定値ですが約4万人の精神疾患を持つ人が暮らしているという事実、そしてその人達が現在どのような生活をしていて、どのような支援を必要としているかなど、当事者が置かれている実状を市民の方にまず知っていただくことが支援の必要性を理解していただく第一歩ではないかと考えております。同時にこうした地道な活動や対応により、差別・偏見も徐々に解消に向かうものと考えます。
これまでの50年間の知見や経験をもとに、今後の50年を見据えて、地域と連携し、地域の理解と協力を得ながら、当事者の自立、社会参加、家族への支援が推進されますよう、私どもは粘り強く取り組んでいくことを決意いたしまして、主催者の挨拶とさせていただきます。本日はどうもありがとうございます。

2.来賓のご祝辞

◇ 川崎市副市長 伊藤 弘様(福田市長の代理)のご祝辞
福田市長が公務で出席できませんので、私から一言御挨拶いたします。
あやめ会は、昭和44年の設立以来、家族同士の支え合いを基本として様々な活動を行ってきており、精神保健行政を行う私達もあやめ会に育ててきて頂いた思いがしています。
今般もノーマライゼーションプラン第4次の改定版の策定にあたり、当事者としての貴重なご意見を頂きました。ノーマライゼーションプランでは、障がいのある方が地域で活き活きとお互いを尊重しながら共に暮らしていく共生社会を目指しています。また、地域包括ケアは、高齢者、障がいのある方、子供から子育て世代まですべての地域住民を対象に、共に支え合って生きていく社会を作ろうということで、現在、精力的に取り組んでいます。
障害者差別解消法の施行、精神障がいの方も対象となる障害者雇用促進法の改定と、障がい者施策は制度面で充実してきましたが、市民への周知が十分とは言えません。私達行政もあやめ会と手を携えて取り組んでいきますので、来席の皆様にも引き続きの力添えをお願いします。あやめ会のご発展と皆様のご健勝とご活躍をお祈りいたします。

◇ 川崎市議会議長 松原成文様のご祝辞
本日は、後藤副議長はじめ多くの同僚議員が招待されていますが、市議会を代表してお祝いのご挨拶を申し上げます。
あやめ会の50年間には単会の解散危機もあり、それを乗り越えて今日を迎えられたとのこと、これまでのご尽力、ご努力に心から敬意を表します。
国、県、川崎市が様々な行政施策を展開していますが、議会も、皆様方がありがたいと実感する取組みの推進をこの50周年を機に思っています。
私は文教委員会に所属しています。先週、京都に行った時に障がい者専用のスポーツセンターを視察しました。すべての障がい者が利用できる素晴らしい施設でした。このような施設の重要性を今回の視察で確認したので、議会としてどう取り組むかを協議し、障がいを持った方々の健康管理、社会進出の一助になりますので、できる限り早い時期にスポーツ施設をつくりたいと思っています。
あやめ会も機運を高めて、行政、議会へ要望するようにと思っています。障がいを持った方々の一日も早い社会復帰、社会参加ができるように、議会としても取り組みたいと思っております。
あやめという花言葉は、よいメッセージ、よい便り、希望と聞いています。皆様方によい便りが届くように、よいメッセージが届くように、そして希望を持った1日1日が生活できるように、あやめ会が更に発展されることを、お祈り申しあげまして、市議会を代表してお祝いのご挨拶とさせていただきます。

◇ 川崎市社会福祉協議会常務理事 上野葉子様のご祝辞
佐藤忠治会長がご挨拶を申し上げるところですが、本日他の会議がございまして私が参りました。
この50年は、本当に長い時間、長い時が過ぎてきたのだと思います。
昭和44年は、精神疾患・精神障がいがあること、家族にそういう人がいるとことを友達にも言えない環境だったと思います。あやめ会が、精神疾患・精神障がいへの理解が、胸を張って生きていくことに役立つと思っております。
川崎市社会福祉協議会は、障がいのある方、高齢者、母子家庭の方、保育園の子供さん方に対して、社会福祉を推進する組織です。
先程、お話があった地域包括ケアシステムは、自助、互助、共助、公助が連携する仕組みですが、あやめ会は自助と互助を実践した会だと思います。その皆様が地域の中で活動を活発化できるように、社会福祉協議会も頑張ります。
封筒の中に、川崎市主催で社会福祉協議会が実行委員である川崎パラコンサートの招待券付きチラシが入っています。このパラコンサートに、ひらかれたあやめ会、地域に出てゆくあやめ会の皆様に、参加いただければありがたいです。むすびに、あやめ会が10年、20年、30年、40年先まで長く活動を続け、地域福祉、だれもが住み良い川崎、そういった町を目指すとともに本日参会の皆様方のご多幸、ご健勝を祈念して、お祝いのご挨拶とさせていただきます。

◇ 神奈川県精神保健福祉家族会連合会理事長 堤 年春様のご祝辞
設立50周年を、じんかれんを代表して心からお祝い申し上げます。
あやめ会は、こころの悩みを持つ人々やその家族への支援、精神障がい者を取り巻く環境の改善や偏見、差別を取り除く活動、ひきこもり支援、医療費助成活動、JR等交通運賃割引運動など精神保健福祉の増進に尽力されてきまし
た。 平成18年に障害者自立支援法が施行され、三障がい同一の施策が打ち出されましたが、精神障がい者に対する偏見、差別は根強く残っています。平成26年には障害者権利条約を批准し、障がいに基ずくあらゆる差別の禁止、障がい者の社会参加と雇用の推進を宣言しました。
平成28年4月に障害者差別解消法と改正障害者雇用促進法が施行されました。昨年9月公表の内閣府の世論調査によると障がいを理由とした差別や偏見があると思う人は83.9%、障害者差別解消法を知らない人は77.2%でした。神奈川県での昨年の調査でも似たデータでした。行政はもっと啓発活動に取り組む必要があると思います。
改正障害者雇用促進法は、雇用の場での差別の禁止と合理的配慮の提供および平成30年4月から精神障がい者の雇用を義務化する法律です。
家族会の皆様からの強い要望事項は医療費助成です。これは差別です。今日参列の行政、市会議員の方々に、この場でどうかと思いますが、お願いします。
精神保健福祉を取り巻く環境は少しずつ良くなりつつあります。障害がある人もない人も暮らしやすい共生社会、地域作りを目指して、皆様のご支援、ご協力をよろしくお願いたします。

第2部 シンポジウム

1.基調講演 「これまでの50年とこれからの精神保健福祉」

講師 白石弘巳氏(埼玉県済生会鴻巣病院副院長/あやめ会理事)白石弘巳先生は、あやめ会設立50周年記念大会への祝意、講演機会への謝意等を述べられた後は、基調講演を行われました。その概要はつぎのとおりです。
日本の精神科医療の特殊な、特異なところは、精神病床の数が非常に多いことと家族に負担を掛けているところです。
1950年に精神衛生法ができ、精神科病院の設立が進みましたが、病院でいかに酷い治療が行われているかを新聞記者が告発した時代でもありました。1963年に、厚生省の担当者が、「国民は、精神障がい、精神衛生に関心をもち、家族や本人の苦しみを知る必要がある。」との思いで、統合失調症の父親に「政府の窓」で話してもらいました。ライシャワー大使が精神障がい者に襲われる事件があり、精神衛生法が変わるという激動の時代でした。 その後、良い病院をつくる努力がされてきましたが、現在は、患者が地域で暮すために何をすればよいかの時代ではないかと思います。
1965年に家族会全国組織である全家連ができ、あやめ会はその4年後です。いろんな事業を手掛けて、2006年から特定非営利活動法人あやめ会として活動を続けています。
私は、1981年に川崎市の正慶会栗田病院に勤務しました。あやめ会会員の家族の担当となり、その方が家族会活動で悩むのを聞いて、協力を思いついたことが、あやめ会との最初の接点でした。また、川崎市から全家連に行った方から、全家連誌にコメントを書くように依頼されたのが、全家連との出会いでした。
その後、私が、ひきこもりへの対応を全家連のレビューに書いたのが縁で、あやめ会会長の小松さんから誘われて、現在の訪問活動に繋がっています。
私はいま65歳で、医者になって39年になります。
いろいろな患者さんに出会いました。通院患者で最長の方は、いま75歳。2回入院、結婚、御主人の死亡、一人暮らしと現在は元気に過ごしています。薬はもう要らないと思うのですが、先生の顔が見たいからと言って来る方です。
退院の話が出る度に具合が悪くなり、私が17年後に病院に戻ってもまだいた方です。25年間入院、退院後10年ですが、非常に穏やかに暮らしています。
非常勤で病棟担当した方は、発病から30代後半まで家にとじこもった方です。入院して1回も退院することなく、ガンで亡くなるという経過をたどりました。
同じ病名であってもいろいろな経過をたどる、私が感じた大きな点です。
統合失調症の方への支援で大事だと思うことが三つあります。
一つは病識です。幻覚や妄想がある人は自分が病気だと思えない、それが病識がないということです。病識がないと思われる時に、幻覚、妄想がある人の「顔を立てる」、その人をそのまままるごと尊重する。英語でfacesave(顔を救う)という言葉があります。それが非常に大事です。
それから「障がいの本質」です。精神障がいは、知的障がいや身体障がいと違って、変動するところが非常に大きなポイントです。良くなったといって治ったと考えてはいけない場合があるし、悪い時には環境を整えれば良くなるかもしれません。環境との関係で出てくるもの、それが障がいだという考え方が出てきます。
三番目は「二次障がい」です。家族会での相談内容で、日常生活を維持できないことが多いと思います。昼夜逆転、外出できない、水の多飲は、統合失調症のもともとの症状ではなく、療養の過程で出てきた二次的な問題です。
この三つについて説明します。
「顔を立てる」です。私が栗田病院に戻ったときの患者です。口から食べないので、私が患者の手を押さえ、唾をひっかけられながら点滴しました。患者がいやでも患者のために戦うと初めて思いました。
しかし、そのうち、患者の頑張りに協力できる関係になっていくことが戦うことと思いました。それが「顔を立てる」ことです。ありのままを認めるということです。家族はできるだけ聞けることを聞き、聞けないことはどうしてかの話をする。入院などの場合、「直面化」ですが、入院の必要性を話し、納得まで説得することが「顔を立てる」です。
結局、「関係と対話が回復の鍵」です。オープンダイアローグのような話だけでは病気は治らない。また、薬を飲むだけでも病気は治らない。服薬などの医学治療のうえに、話をすること大事です。話のときに、患者が受け入れる関係、高い壁ですが、安心する環境作りが大事です。窓の会がそれに多少なりとも役に立てばと思ってやってきたわけです。
それから「よい環境作りと慣れる」です。環境の与える影響も、非常に大きいです。中学生の統合失調症の方が、お父さんの熱帯の国への転勤にともなって、元気になった事例があります。私はいまでも診断は間違っていないと思っています。環境のせいで良くなったと考えると、環境って何だろうとなるわけです。
私達が治療のよすがとしている感情表出の研究があります。患者に、感情的に巻き込まれ過ぎる、批判・敵意が多い傾向がある高EE(感情表出)の家族の場合、患者の再発が多くなります。低EEの家族では、9ヵ月まで(もっと長く見なくてはいけないが)の再発率が、薬を飲んでも飲まなくても変わらないというデータがあります。環境を整えれば再発が減るように見えるわけです。
患者にとってのよい環境とは、自分らしいと感じられるとか、思い通りに過ごせる、いいたいことが言えることです。一方、患者が仕事をするのが大変なのではなくて、多分、病気のあるなしに係わらず、仕事は大変なのだと思います。天国みたいな環境というものは実は作りたくてもできない。どこで妥協するかです。
現実的な問題として、「なじむ」あるいは「慣れる」ということが患者さんにとって大切です。悪い所を直そうではなくて悪い人は悪いままでその環境でいられるところを作る、目指すのが大事です。回りの人がどこまでそれを承知していけるかということです。それが「風景化」です。
支援者が念頭に置くべきことは、変えるべきことが多い人ほど変えるのは難しい。当事者の思いを優先し、回りの人のいうことに耳を傾けてくれるようになるまで、耐える環境を作ることが大事です 。
その次は、「負けない」です。これは二次障がいに関係します。病気を患っている人は、気が付くと喫煙、過食等になっていることが多いです。それが慢性的な病気の療養で非常に大きな問題になります。
一端起こってしまうと習慣化してしまうので、家族も悩まれ、心配されていることではないかと思います。
今以上悪くしない「負けない」との気持ちになっていただく、今のままで踏みとどまることはできると言い続けています。
私は、統合失調症の治療に関して、必要なことが三つあると考えています。
一つは、やはり再発の予防です。薬を飲んだり、環境を整えて再発の予防をすることは大事。それから「活動の継続」です。とにかく二次的な問題を作らないように、頑張っていただくことが大事です。それから、できるかもしれないことを患者さんがやるのは難しいのですが、時間をとってやっていくことが大事です。幾つかの事を実現していくためには、回りで支える人が、大変重要です。
「自立」が目標になりますが、自立というのは一人で生きられることではないと思います。自立の境目は、できないことを人に頼むことができるかできないかです。人に頼むことは弱さの現れでなくて、むしろ強さの現れです。困ったことを人に頼める力がとても大事です。本当にやろうと思っていることができ
るようになるためには、それなりの経験が必要です。
生活習慣を悪くしないと心が安定する、良好な支援が受けられれば悩みがよくなる。この二つの輪はいい循環を形成するが、悪循環も形成します。悪い生活習慣ができると心身も安定しなくなる、心身が不安定になれば生活習慣もくずれると、生活しているうちに随分経過が変わってきます。
支援を受ければよくなり、よくなればもっとよい支援を受けられる。一方、支援を受けなければ改善しない、改善しなければもっと受けられなくなる、悪い方向にも回る。小さなことでも頑張ろうという気持ちがあると、そこからいろんなことが開けてくる。いまできることはしっかりやろう、分かんないことは人に
聞こうという気持ちをまずもつことが、当事者の方には出発点だと思います。
「みんなねっと」が去年11月締め切りでアンケートを行いました。制度が変わり、薬がよくなっても家族の苦労は続いています。それ以上に高齢化などが切実な課題として明らかになっています。
2010年の調査時に、「私達の家族の7つの提言」の実現を目指しました。訪問型の支援、24時間の相談、本人が主体的に生活できるような支援、本人中心の医療、家族に対して適切な情報提供、家族自身の身体的・精神的健康の保障、家族自身の就労や経済的な保障です。家族会としては、この提言を引き続き働きかけていくことだと思います。
課題解決のためには、行政を単位としてシステム作りが必要です。ワンストップ。困ったらどこにいけばよいか、分かっていることはすごく大事です。子育て、障がい者問題が、介護保険、高齢者等と同様ということで、川崎市は率先して地域包括ケアの実現に尽力していると理解しています。
最近、医療チルダー、老老介護、8050問題に関する対応が喫緊の課題になっています。これは、制度にとどまらず、本人、医療関係者の頑張り、家族、行政の応援が必要ですが、地域の方々の理解や協力も必要です。
2000年に日本精神衛生会の精神科医、看護師に、「精神障がい者がしばしば差別されているか」とアンケートをとったら9割の人がYESと答えました。差別があること自体が、環境の問題になるわけです。親の対応だけではなく、会社の上司の無理解、身近での差別・偏見が再発につながっていると思うのです。皆の理解を得てゆく、そこがとても大事ではないかと思います。
家族の立場で、世間一般への働きかけは大変だと思いますが、それができるのが家族会ではないかと思いますので、期待をしてしまうところです。
これからのまちづくりです。ソーシャルキャピタルという考えがあります。人間の幸せは何かと考えた時に、会う人と楽しく時間を過ごすことではないか。それも「ゆるくつながっている」、素晴らしい人が一人いるよりも、いろんな人とゆるくつながっていることが人間の精神状態にとっていいのではないか。心
のバリアフリーとは、結局は、気持ちよく住めるまちを実現することだということになるのではないかと思います。
まさに精神障がいの人にとって、そういう環境を実現するということが、私はとても大事だと思います。
メンタルヘルスの問題は、精神疾患だけではなく、病気かどうか分からないことまで含めて、いろんなことが課題として上げられています(*)。
家族会は、その経験を活かして、これからの100年を目指し、様々なメンタルヘルスの課題に対して、地域の人と一緒に手を携えて粘り強く取り組んでいくことができるといいのではないかと思います。
私も、頑張って皆さんと一緒にやっていきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。
ご清聴ありがとうございました。
(*)時間の都合で、講演時に話されませんでしたが、当日の資料より転載
・母親のメンタルヘルスと児童虐待
・発達障児の学習支援
・社会的ひきこもりに対する支援
・世代を超えた自殺予防対策
・様々なタイプの依存症が背景にある問題
・認知症の予防と地域でのケア
・勤労者、特に支援者の燃え尽き防止

2.パネルディスカッション「地域とともに歩む精神保健福祉へ」

共同コーデネーター 白石弘巳氏 竹島 正氏(川崎市精神保健福祉センター所長)
パネリスト
当事者 T・O (窓の会) Y・T(窓の会、ピアサポーター)
家族 長加部賢一 (こすぎ会)橋爪孝子(もくよう会)
支援者 橋本 剛 (ホーム AYAME,あやめサボール職員)
行政 津田多佳子氏(川崎市精神保健福祉センター担当課長)
あやめ会 清水 信 (副理事長・すいよう会)

竹島先生:これから進行の説明をさせて頂きます 。
7名の方にお話をいただきます。
一人5分のお話を頂いたら他の方のお話を聞いているうちにたぶん頭に浮かぶことがあると思いますので5分話し終わったら、スタートに戻ってそれぞれ1分お話しいただくということで、最後に先程の講演とつないで白石先生にコメントをいただくという形で進めさせていただきたいと思います。
今日は全体のテーマが「地域とともに歩む精神保健福祉へ」ということで先程白石先生のご講演にもありましたように地域包括ケアが叫ばれていますが、今日のシンポジウムは全国に発信できる提案が出されるのではないかと思っています。
皆様には、日常生活でそれぞれ困っていることや生活やニーズについて,また共通する課題として地域とのつながりにつきまして、スピーチをお願いします。

T・Oさん:今日はよろしくお願いいたします。3点お話するということで日常生活に困って いること。
生活のニーズと地域との繋がりということで短くお話させていただきたいと思います。
日常生活で困っている事、私は一人暮らしをしているのです。自炊を全くしないですし、近くにスーパーがないですし食生活がかなり不規則であります。特に野菜を摂取しておりません。野菜が嫌いなわけではないのですが、自炊をしないものですから野菜一個買ってきても余ってしまう。口内炎が激しくて精神とは関係ないのですが、ここで明らかにしてよいのかどうか病気としては双極性障害とアルコール依存症です。患者を見るのはあまりないと思いますが、今は飲んではいませんので落ち着いていますが、年に2,3回は寝込んでしまいます。その時は何もできません。
特に幻聴ではありませんが音楽ミユージックが頭の中で聞いた曲が鳴り続け、そういう症状にも苦しんでいます。日常生活の中で地域活動支援センター窓の会とか2ケ所位通所していますが、地域生活センターの中でも対人関係に悩んで足が遠のいてしまいます。メンバーの中ではいろんな方がいらして自分で仕切ったりとかで困っていることがあります。
生活のニーズとして難しかったのですが年2、3回寝込んだ時オンコールで支援していただけるサービスが欲しいと思いました。
その他に毎日ではなくても低額の食事のサービスが欲しいと思っています。食生活が非常に困っています。今掃除のヘルパーさんを週1回1時間お願いしているのですが、食事を作るサービスを頼みたいのですがヘルパーさん不足でなかなか難しい現状でございます。
あと JR とか各種施設バスの障がい者割引のサービス、各種民間施設のサービス割引の拡充をしていただきたいと思います。地方に旅行に行った時なのですが、去年、広島に行ったとき飛行機から駅までのバスがあって半額とか、市内の広島電鉄とか半額でこちらでは割引がないのでサービスをいただきたいと思います。
3番目に地域との繋がりですが、窓の会に通所しておりまして仲間を作るということ、手帳で使える市民プラザーのお風呂が、手帳と60歳以上の人は使える。とどろきアリーナー高齢者は無料ではないですが、高津区スポーツセンターでの「よねっと王禅寺」のプールにみんなで活用しております。
もうすぐ私は60歳になります。自宅からすぐ近くになるのですが川崎市高津区老人福祉地域交流センターの登録ができるのでそこでの利用が可能になります。市営住宅の掃除当番と自治会とのご近所付き合いをして地域とも繋がっていけるのではないかと思っております。以上でございます。有難うございました。

竹島先生:2006年に川崎市のピアサポーター第1期生 今、フリースペース「ここあ」の宮前平駅で活躍されています。

Y・Tさん:当事者のY・Tと申します。よろしくお願いいたします。
この度のあやめ会50周年おめでとうございます。まず日常生活で困っている事は躁極性気分障害という診断名のとおり波があることです。躁と鬱の気分の波があることです。
また、不眠に悩まされております。昨日は母の日、私は11歳の時母を亡くしました。
今度は娘とも生き別れて、母親らしいこともできずに18年がたちました。
1995年の阪神淡路大震災で精神分裂病を発病しましたが2000年に再発し嫁ぎ先の愛知県から川崎市の実家に戻り毎年、春の木の芽時の措置入院、強制入院を4年間続けていました。
2006年には川崎市ピアサポーターの第一期生となり2007年から6年間宮前平駅前フリースペース「ここあ」でピアサポーターとして通っておりました。ピア,仲間サポーター、支える人として毎週水曜日朝の10時から午後3時まで活動していたときはメンタルも安定していて入院もしなくて済みました。
ここでピアサポーターの話をさせて頂きますと、毎年20名ずつが定員、5年計画で100名を募ったら、ふたを開けてみたら毎年10名未満、昨年の12期生でようやく107名に達したところです。カシオペアの主催から昨年の4月に生活支援センター春風が委託したばかりで今後のことも決まっていません。フ
ォローアップ研修会では出席数が10名満たなくて後残りの100名はどうしているのかしらと思います。
話は変わりますが私には24歳になる一人娘が嫁ぎ先の愛知県豊田市にいますが,彼女は小学校1年生の時一方的に離婚させられ、はや18年も会っていません。会わせてもらえないことがストレスになり病気の火種になっていることが分かりきっています。どうしてこんなことになってしまったのか悔いても悔やみきれません。元夫にメールを送っても娘にお誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントを贈っても返信は無なしのつぶて、仕方なく嫁ぎ先の家に電話を掛けるのですが元夫からストーカー扱い警察署と区役所と保健所に被害届をだすからなと脅された私は近くの交番に出かけ警察官に相談をしました。
私の行為は情報を得るための連絡行為でしかないことが分かり安心しました。
又、義母からの情報では娘は医者になるべく医学の5年生になっていることが分かり立派に成長していき安どしています。今までは娘に再会することにしてもどのように病気のことを話したらよいか悩んでいましたが大学にて先進医療を学んでいるでしょうから安心しています。
生活のニーズは人生の広域オブ・ライフ QOL が見いだせないことが今の生きづらさにつながっています。娘が小学1年生の時生き別れになり親権が外れる20歳の時会えるものだと思っていましたが、そう簡単な話ではなく当時まだ大学受験中だったこともありおとなしくし控え合格した暁にはと思っていたことも過ぎ去り、今は大学5年生になり頑張っていると思うので2020年のオリンピックイヤーの国家試験に合格してから晴れて正々堂々と会えるかしらと思いぼんやり思い描いております。でもまだ不安なことがあって彼女は結婚相手に私のことをなんて説明するのかしらと思ったりしています。優しい方で二人が私に会いに来たりしてなんて淡い期待をしたりしています。
これからはいかに自分の人生の後半を充実させて生きるかその課題の壁にぶつかっています。地域との繋がりは2009年から新城窓の会に出かけてブラット会や女性の集いやパソコン教室に参加し、春風という井田にある生活支援センターに通所しています。同世代といっても微妙に私が一番お姉さんなのですがピアの仲間同士でランチやお茶をしたりカラオケを楽しんだりしています。また当事者だけではなく当事者の親御さんと連絡を取り合っています。私には両親がいないのでとっても大切な存在です。
以上になります、ありがとうございました。

竹島先生:どうもありがとうございました。

長加部さん:さきほどご挨拶したこすぎ会の代表をしている長加部です。
私は統合失調症の妻を抱える家族として今後地域で暮らせるうえで望むことについて発言したいと思います。
私の妻は6年半前に再発をしてこの5年半ぐらいで17回入退院を繰り返して昨年の5月に退院をして、ほぼ今月の 15 日で 1 年間近く自宅で過ごせるようになっていた予定なんですが、5 月 2 日に残念ながら 18 回目の入院となってしまいました。大変無念な心境でありここに今日参加するのも自責の念もありちゅうちょしたわけなのですが、でも自分の体験を率直に発言することが今後に活きると思いまた、自分自身の整理にもなると思って今日は発言させていただきます。
そうと言っても数か月ごとに入退院をしていた彼女が1年近く自宅で生活できるようになったのは、何なのか。もう一つは今後63歳の統合失調症2級の彼女が地域で、家庭で生活をするうえで何が必要なのかということです。
まず最初この1年近く家庭で生活できるようになった一つは、クロザビンという薬に変えた影響はあると思います。クロザビンを使うようになってから幻聴は無くなっておりませんが、生活ができるようになりました。同時にクロザビンを使用期に2週間に 1 回ではありますけど訪問看護をうけるようになりました。最初は本人が拒否をしておりました。少しでも良いからと同席をして半年ぐらい玄関先での対応でした。半年間過ぎてやっと居間にその方を上げるようになって、信頼関係を作られるようになってから、7ヵ月、8ヵ月ぐらいから好きな料理で手土産を作ってその看護師さんに小学生の娘さんがいるので、これ食べてね!孫と同じような思いで渡せるようにまでなってきました。おそらく看護師さんが私も最初は隣で聞いていたのですが今のままでいいのですよ、その調子でいいのですよ、と言って励ましをしてくれるという会話が共通しておりました。彼女からするとおそらくそのままの自分をそのまま受け入れてくれて、この状態でいいのだな、という自信が 1 年間の支えであったのではないかと思います。私自身も少しは努力をしたつもりですが私の努力はほんのちょっとだと思います。
次にそういう妻の体験を踏まえて当事者が実際地域で生活を送るうえで何が必要なのかということを、入院した前後とくに強く考えております。
私の体験で結論から申し上げますと一人一人の病状と症状に応じたきめ細かなかつ粘り強い専門家による様々な支援が必要だと率直に感じております。白石先生もおっしゃったように病院中心から地域中心のケアの流れが変わってきております。私どもも 2 週間に一度の訪問看護も受けておりましたが、率直にいって限界であると痛感をし、というのも 4 月の初旬までは好きな料理もやり毎日掃除機をかけていた彼女が原因はともかく 5 月に入り 1 週間ぐらいで自傷行為も繰り返すように病状が急変をしていきました。こういうことになりますと現状では入院せざるを得ないというのが実態で、私も本人も本来は
入院もしないでおこうと思っていましたが、残念ながらそうはなりませんでした。そういう経験を踏まえますとどうしても環境作りと言いますか、たきにわたる訪問支援を必要だと思っております。特に彼女の場合には看護師さんとともに私が今一番せつに思っているのは環境のひとつでもあると思いますが、
結局今回初めてなぜ死にたいのと率直に彼女に聞いてみました。そしたら彼女は自分が生き続けていても、あなたに迷惑をかけている、娘たちにも迷惑をかけているので邪魔者、役に立たない者というふうに思い詰めておりました。一番辛かったのは彼女自身であったということも、改めて突き刺さる思いで
した。となりますと薬,看護師さんの支援、同時に彼女に寄り添って、もっといつでも聞いてあげられるような環境作りというのが、私も働いていて日中彼女は一人ですのでなかなかそこへの手がいき届いてなかったなぁというのが反省のひとつでもあります。
同時に62歳もうすぐ63 歳にもなりリュウマチも患っておりますので、体力が今どんどん衰えております。
体力が衰えることがまた考え方の悪循環にもつながっているということにもなっておりますので、作業療法士などをはじめとした少し外へ出て気分を変えるお天とうさんを浴びるというような支援も日中できれば環境も少し変わっていったのかなという風に悔やんで、今後これを糧にしてさらに頑張っていくよう
にしたいと私は思います。
そういう支援や援助があれば必ずもう一度彼女らしい面が取り戻せると確信をし,今後も頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。

竹島先生:有難うございました。続きましてもくよう会橋爪孝子さん。

橋爪さん:私はいろいろありますけれど訪問支援についてお話します。
時間が限られていますので、何とかしょうとした毎日でしたので用意したものを読ませていただきます。
今から20年前は訪問支援について今のように社会全体で大きくとりあげれていなかったように思います。こんな時に真っ先に訪問支援に取り組んでくれたのがあやめ会です。
心の窓を開いて外に出ようと名づけられたのが「窓の会」です。病人を抱える家族として外に出ようとしない本人を何とかしょうとする毎日でした。引きこもりという言葉を耳にする様になったのもこのころだったような気がします。
来客があってもかかわりのない方では自室に入ったまま、挨拶にも出ませんでした。しかしどうしても自分とかかわりがあって来訪された方には対面し挨拶をして穏やかな笑顔で話します。こういう時は来客が帰った後本人の表情は晴れ晴れとし爽やかな感じでした。それを見る家族の方も明るい幸せな気分
になりました。本人は人と交わることを心の底では望んでいるのではないかと思いました。
本人には顕著な陽性症状はなく陰性症状が続きました。2000年頃だったと思います。当時のもくよう会、単会の会長さんからあやめ会の中に窓の会が作られ訪問支援活動が始まったから希望登録をしたらどうかと声をかけていただきました。本人も家族も家に来ていただけるのならと登録をしました。間
もなく窓の会の訪問支援を受けられるようになりました。当時の本人の記録に前日まで元気が無かったり落ち込んでいたりしても訪問をしてもらうとまた元気を取り戻すことが出来ると書いてあります。また訪問をしてくださった印象を優しく理知的な方と述べて尊敬の眼差しで仰ぎ見るような気持ちだったよう
です。本人はこのころ元気度を自己採点しグラフに記録していました。これを見ますと訪問を受けると元気度が上がることが良く分かりました。訪問してくださった方は家庭を訪問するばかりではなく外に連れ出そうと度々お誘いの言葉をかけてくださったようです。友人も含めて2,3 回ボーリングやビリヤードをするため外出しただけで家庭内で話をすることの方が本人は良かったようです。訪問してくださる方は本人の目線に立ってと途切れることのない楽しい会話が続いて時間いっぱい有効に訪問のお時間を使ってくださいました。月 1 回の訪問日を心待ちにしてその気持ちが家族にも良く分かりました。
訪問支援を受けているときはあやめ会やこういう機会を知らせて下さった単会の会長さんに感謝の気持ちでいっぱいでした。今、広くあやめ会の全体の様子が分かるようになりました。そしてこのような活動を陰で支えて頂いた川崎市の支援に改めて御礼申し上げます。
また川崎市からの支援がいただけるようにご尽力くださった多くの方に御礼申し上げます。是非、今後もあやめ会の活動にご支援ご協力をお願いいたします。
今、本人は自分の事は自分で決め実行し、外出し自分なりに自立した日々を過ごすことが出来ている
ようです。2002年の窓の会活動報告ひきこもる人たちをサポートしてという活動報告書の中に書かれていることは、変わらないでいることは変わること、というおまじないのような言葉をつぶやいています。白石先生のお言葉を借りて終わります。

竹島先生: どうもありがとうございました。続きまして橋本剛さんグループホームに勤務して 6 年どうぞよろしくお願いします。

橋本さん:人前で話すことは経験がないものですからお聞き苦しいことがあるかと思いますがよろしくお願いします。
グループホームの職員をしていて入居者さんを見ていて感じる、こういう風なところが大変なのかなというところをお話させていただきます。
当、G・H は 30 代の方から 70 代の幅広い方がお住まいになっております。その中でライフステージごとにより困難さを、お持ちの精神の重さによるものも含めまして、それぞれ起こってきている事があります。
30 代、40 代で感じられなかった体力の衰え、新たな病気を抱えながら地域で生活をしていくのは、大変ではないかと思われます。こういったことは本人がなかなか受け入れられないことですが、今まで出来ていたことが出来なくなっていく、体力もそうですし身近な食事でも、今まで詰まらせないで飲み込めて
いたものが、詰まるようになってきた。でも介護保険を使う程でもない場合どうしたら良いか、でも食事の楽しみは残したいそういったところで、本人たちが新たな困難さに直面しているということを日々見かけます。なるべく早く取り除くことがいいのですが、私たちではできないこともあります。
区役所の方ですとか訪問看護の方とかまた、さまざまな方の手を借りて何とかご本人の生活のサポートしている状況です。私たち自身もライフステージに合わせた幅広い支援というのを求められてきているのかなあと、同時に一人の職員がここまで幅広い能力を有することが出来るのか、もしかすると細分
化していかなければいけないのかなと思う部分もあります。そういったところで私たちは今、これから新たな体制と言ったものを必要になってきているのではないかと感じています。
また私たちと当事者の方々の間にも、何でこれが分かってくれないのだろうという部分があります。壁であると思うのですが、私たち支援者と当事者の間でも起こっているものでもあり、これが地域でとなるとより多くの人の間でご本人たちも感じているところではないかと思います。出来るだけ橋渡しをしなけ
ればいけないと思っているのですが、なかなか進んではいないと思っています。簡単ではありますが報告させていただきます。有り難うございました。

竹島先生: 続きまして精神保健センターの津田多佳子さんお願いします。

津田担当課長:皆さんこんにちは 精神保健福祉センターの津田です。私は保健士です。私が川崎市の職員として四半世紀前に一番先に就職したのが、今はないのですが中原区にあったリハビリテーション医療センターというところでした。生活塔という病棟で主に統合失調症を中心とした精神障害者の社会復帰を支援をしていました。
そのあと保健所ですとか区役所ですとか精神保健福祉センターで仕事をしていますが、今日は行政にいる支援職として経験を踏まえてお話をさせて頂きたいと思います。
リハビリテーション医療センターは昭和 47 年に日本で初めてできた公的な社会復帰施設でした。当時はすごく画期的なことだったのですが、あやめ会はその時はすでに活動を開始していました。それは今思うととても感慨深いものがあります。私が就職したころはもうそこは開設してから 20 年ほどたってい
ましたが、社会的な制度が整っているとはいいがたい中でその単身生活であったり、デイケアであったりそれからご家族との退院後の生活について調整をいろいろ工夫しながら試行錯誤していたように思います。
あやめ会も先程からお話がありましたが、その作業所の開設の事でいろいろご苦労されていた行政の方もどうやって一緒に頑張っていったらよいかすごく議論をしていた時期だったという風に覚えています。
リハセンターのあと移動した保健所では地域での訪問活動とか保健所デイケアだけではなくガーデンラララという作業所とかたま・あさお精神保健福祉をすすめる会の立ち上げ、単会の泰山木の皆さんと一緒に関わらせていただきました。当事者やご家族の皆さんと知恵を絞って汗を流して本当に貴重な体験だったと覚えています。
そのあとしばらく子供関係に異動になったのですがその間、社会の動きはいろいろあって、精神科のクリニックはすごく増えましたしグループホームやホームヘルプ事業、それから精神保健福祉手帳ができ、法律の改正の編成もありました。地域の支援がすごく整ってきているのだなあと、傍目で見てました。
現在精神保健福祉センターに戻ってきて又、あやめ会の方々や当事者、ご家族の方、支援者の方たちと活動をしていますが今回50周年ということを伺って、法整備やサービス、制度が整ってきたけれども、あやめ会が50年続いてきた意味はなんなのかなあ改めて今回考えたのですが、先程から皆さんの単
会の報告がありましたけれど、やはり当事者やご家族がどういうことを経験しどういう知恵や、どういう工夫を持っているのか、同じ思いを分かち合いたいという人達がいるからあやめ会はきっと続いてきたのだろうなと思うのです。
これは行政がどれほど施設や、制度やいろんなサービスを作ったとしてもやはり埋めることはできないと思います。白石先生のお話にもこの病は右肩上がりに良くなるわけでもなく障がいが固定することでもなく、良くなったり悪くなったり三歩進めば二歩下がることも間々あることです。そんないいことも悪い
ことも経験している先行く仲間が求められているのだと思います。それが今日のあやめ会の姿ではないかと感じています。そして当事者や家族、行政も含めた支援者というのは横並びの水平な関係なのだなと一方で感じています。誰かが一方的に支援するとか、されるということでは無いのじゃないかと思
っています。
私は今新たに依存症の人達のグループと付き合うことが増えていて皆その人たちに学んでいます。川崎でアデクションフォーラム(依存症)といって市民の方への依存症の複啓発なんかをアルコールや薬物や買い物依存やいろんな依存症の当事者や回復者それからボランティアの 人たちと 2 回開催しているのですが、その場はみんなが仲間なんですよね。その中でそれぞれできることをそれぞれの持てる力を発揮して刺激的な毎日です。
リハセンターでも保健所にいたときも現在でも、よく考えてみると私は当事者やご家族の方にすごく教えられていることもありまして助けられたことも沢山あります。自分が支えていると思っていても実は支えてもらっている事って沢山あるのだと思います。上下ではなくて水平な方向で手を携えて今後やっていくことが大切だと思うのです。
ただ立場によって出来ることと出来ないこととがあって、それは当事者の方もそうですが、家族もまして行政は行政のできることも、出来ないこともあります。
それぞれの強みとか限界を共有していくのが、いま川崎市が目指している地域包括ケアシアシステムに繋がるのではないかと思っています。
あやめ会に是非この 50 年の続いた経験が皆さんの現在と他の障害の、いろんな当事者の方、障がいのあるなしに関わらず発信していただきたいですし、是非、今後繋がっていただきたいと今思っています。そこに新たな 50 年の目指すものがあるかもしれませんし、私たちも保健福祉センターもそこをご一
緒に皆さんと進めていけたらと思っています。有り難うございました。

竹島先生:最後にあやめ会から清水信さんお願いします。

清水さん:あやめ会の立場からの人間として、お話しさせていただきます。
まずは、この50年にわたり努力しあやめ会を発展させてこられた諸先輩、そして現在も当会の種々の活動・運営に協力してくださる会員の皆さんに、心からの敬意と感謝を申し上げる次第です。
このあやめ会は、各地区の単会の連合組織であり、皆さんの抱えている多くの課題を、よく認識したうえでの解決・改善に努力する役目も強く担っていることを、この際ご理解とご協力をお願いする次第です。
具体的には、皆さんの抱えている悩み・実状を毎年ヒヤリングし、それを一括行政に対して要望するという活動をしております。これは毎年8月に要望書に纏め、市長あてに担当課を通して提出しております。細かくは30項目ぐらいになり、会員の皆さんが、日頃の種々の局面で大変な“不安”を抱えていることが明白であります。即ち、当事者が自立した生活ができるかどうか、さらに、経済的にバックアップされていくかであり、しかも家族も高齢化しており、親亡き後、当事者が自立してやっていけるのだろうかという不安なのです。あえて今回は4つの課題にまとめてお話してみます。
1つは今、川崎市で力を入れている「地域包括ケアシステム」です。これを充実していただければ我々の要望も相当に解消されるものと大いに期待しているところです。今年、国から策定を義務つけられている、第 5 期障害福祉計画でのポイントの1つに「精神障がい者にも対応した地域包括ケアシステムの構築を検討するよう」と謳われています。これは従来のものよりも、さらにきめ細かく進化した形で、精神障がい者にも適応したシステムを作ること。そして彼らの病状・実状に則した形での展開がされるネットワークを構築すべきとの指摘と理解しております。
川崎市には3万人前後の精神障がい者がいると推測されますが、精神障がい者の手帳の保有者は1万1千人です。かなりの方々が自宅にこもって誰にも相談しない状況にあるとのではないか思われます。そういう方々にも、安心して相談できるようなネットワークも構築してもらいたいものです。
2つは、経済的支援の問題で、障がい者の種類の間にも格差があるということです。各種障がい者には手厚い援助を受けられる重度障害者助成制度があります。精神障がい者はその対象が他の障がい種と比べてかなり低い状態にあります。何とか改善してもらいたいものです。参考までにお話ししますと、重度障がい者としての対象者は、身体障がい者は障害者手帳保有者の約55%、知的障がい者が約40%なに対し精神は僅か約 9%に過ぎません。実状からして不平等と言わざるを得ません。
3 つは、救急医療体制についてです。休日と夜間での救急医療には、4県市(神奈川県・横浜市・川崎市・相模原市)での共同管理により対応されています。しかしながら夜中の電話等にかなりの時間を要し、時に遠方の病院を指定され、さらに救急車での搬送は認められない等々の問題があり、大変困惑している方が多くおります。これには川崎市独自の体制を整備し、電話・搬送・近隣病院の指示等への対策をしてもらいたいと望んでいます。
4つは、以上の課題等々全て含めて、条例の制定という形で展開していただけないかということです。
今回の市長選挙で、現福田市長が公約で「あらゆる差別を解消し、これを根絶する条例の制定を検討する」と謳われました。まずは、この実現に向けての種々の議論がなされ、偏見の理解と差別の解消の認識につながるものと確信できるからです。そもそもこの偏見と差別の問題は、100年以上の歴史があるのですから大変な努力が必要と思われます。
概ね以上です。
これからの“地域包括ケアシステム”が社会と地域との太いパイプのもとに役割分担・良質な機能、・責任体制・一般周知の徹底等を明確にし、充分満足のいく形で進展していくこと期待しております。そして我々あやめ会もこれらの課題をよく認識し、粘りつよく行政をはじめ関係方面に働きかけてゆく所存です。皆様のご協力をお願いし、さらには是非あやめ会、その傘下の単会にも参加されることを希望します。
竹島先生はファーストペンギンというのは岸辺に立って魚を取ろうと思っているけれど、みんな誰も飛び込まない、一匹飛び込むと後に続くという形だそうですが、ぜひとも川崎市もファーストペンギンという役割を担っていただいて、周囲の状況を見ながらというというのではなくて思い切って展開していただ
きたいと思っています。
本日は著名な白石先生と竹島所長にご参加いただき感謝と御礼を申し上げます。しかもその席上で勝手かつ不十分な発言をしてしまったことにご容赦をお願いいたします。
私からは 取り敢えず 以上です。
竹島先生:どうもありがとうございました。清水さん自身もファーストペンギンに…
4時にこれを終わろうと思っています。今日のテーマが「地域とともに歩む精神保健福祉へ」ということで後1分ずつお願いすることになっています。今日7人の方のお話を伺って障害の重いとか軽いとかは別にしてみんながそれぞれ地域包括ケアを作っていく共同者であるということでないかと思いますので
この「地域とともに歩む精神保健福祉へ」を、私とか家族とか支援者と行政とか言い換えてパス OK です。それぞれ1分でお願いします。では順番にお願いします。

T・Oさん:私なりに考えて、まず地域支援生活センター、地域活動センター、窓の会との積極的な利用と活用によって調子が悪くなったり、長引いたりしたときホローをしていただくと助かるかと思います。NPO 法人からの援助ということです。センターを利用するとき人間関係がすごい複雑になったりしていますので人間関係をうまく築いていくことに努力して、お話を聞いている中で行政との意思の疎通が大切だと思いました。私事なのですが窓の会で4年前に実習に来ていた大学生の女の人なのですが今年、川崎市役所に就職しまして今年異動で私の生涯の担当になり非常に縁があるのが面白いなあと思いました。その人は顔見知りもあるので積極的に相談してみたり相談してくださいとのことで、意思の疎通が図れれば有難いなと思います。簡単にまとめてみました。有り難うございました。

Y・Tさん:地域で安心して暮らすのに必要なことは主に夜間に過呼吸の発作が起きてしまうのですが、先ほど救急医療体制に話がありましたように119番通報しても精神科の搬送は行っていなくてしばらく呼吸数と脈拍数と血圧測定をして救急隊員が返ってしまうのでどこか安心できる場所、安らげる場所を設けてほしいと思います。何度涙を流したことでしょう。また孤独に負け消えたくなるのが夜間なので、いのちの電話がつながる環境整備も是非よろしくお願いしたいものです。ちなみに井田にある春風では朝の9時から夜の8時までですが電話相談を受け付けてくれます。家の中の悩みや不安を共感しあい決して孤独にならないことが重要だと思います。今や携帯、スマホがある時代上手に活用できたらと考えています。以上になります。

長加部さん:私は日中一人で暮らしている時間が非常に長いので本人の第3者との接点、しかも本人が人と会うのが嫌い、接するのが嫌というのが病状の特徴でもありますので、粘り強く近くに寄り添って何もしゃべらなくてもよく安心できる、また本人がこの人だったら話したいなと思えるような環境が24時
間体制で、また身近なところにあってもらうことが、何よりの安心です。もう一つは家族が様々な症状の中で成功体験を沢山持っております。他の障がい分野とも意見交換をしたいと思っております。その意味では行政を挙げてこういう成功体験を交流できる場をもっと、もっと増やしていただければお互いに学びあい役に立のではないかと思っております。

橋爪さん:成功体験ということをおっしゃられましたけれど、私も今の本人の状態を見ておりますともっともっと意欲的にいろんな場面に出て行って失敗しても良いし、もちろん成功したことに越したことはないので行動範囲を自分から広げていくように、あまり外野が言うと高EEになってしまいますので自嘲しながら見守っていきたいと思いました。

橋本さん:地域で安心して暮らして行くことで、うまく纏まらないのですが理解者をどんどん増やしていくことになるのかなと思います。今までも多くの方が取り組んでこられたことだと思いますが、これからも多くの方が取り組んでいくのだと思いますが、大きい改善ではなくてお隣さんであったり、身近な人、出
掛けた先の人、大変なのだなとそういった方を増やしていくことなのかな。また自分においても他の障がいを持った人にこんなところが大変なのだなあ、というところを理解していくことにも地域包括に繋がっていけばよいかなと思います。理解者をそれぞれさまざまの方法で少しずつ広めていこうかと思っています。

津田担当課長:行政にて私が全権することは難しいのですが、今日お渡しした資料の中に包括ケアシステムをお聞きになったこともないと思います。後で資料をご覧になってください。日本の人口が減っています。川崎の人口は増えていますがこの先川崎も減って行きます。この先高齢化してゆきます。その
中でどういうことが出来るかということをみんなで考えていくことだと思っております。いろんなご要望は確かにわかります。川崎市もそんなに無尽蔵にお金があるわけでもなく決められた限られた資源、予算、人いろんな制約の中でどういう工夫ができるのかということを、当事者、ご家族、行政でみんなが
一緒に考えていくということが教克的な言葉かもしれないのですが、それが大事なことではないかなと私としては思っています。以上です。

清水さん:お隣の話に乗ってはいけないのですが、財政難とかお金がないからと物を断るのに一番簡単なのはお金がないということなのです。これは絶対反論できないのです。優先順位を考えればやれるのではないかと思うのです。余談なのですが家族会云々はこれも高齢化していまして、年寄りがやっている50年の内、何十年か担当してきた人たちが、いい年になっちゃつたということです。そういう意味では若い人たちに参加してもらって活性化してもらいたいということ、若いといっても本当に若いのではなく60才位でも十分若い活性化です。私ももう80才なのです、中高年そういう方に参加していただいて活性化していただきたい。これは仲間ができる共通の体験をした、安心して話し合える仲間が増えると、それから若干なりとも社会貢献に皆様のためにやっている。とこれは私も人前には出たくなかったのですが、とにかく思い切って出てきているのですから、そういった役割もやれるのだということを認識したうえで難しく考えることはないのですが、とにかく参加していただけないかということです。単会もあやめ会も ということでよろしくお願いいたします。

竹島先生:それでは纏めにくいところかもしれませんが白石先生お願いいたします。

白石先生:なるべく竹島先生に話をしていただく時間を取りたいので、簡単にお話したいと思います。私は清水さんがおっしゃったようなことは正論だと思います。それをやりながら基本的な考えとしては出来ることからやっていく、フォーマルなことは一つの決めたことはみんなでやらなければならないけれど、インフォーマルなことはやりたい人ができることから始めることが出来ると思うのですが、そういう工夫というのをしていくことが、いろいろアイディアを出すということが大切かなと思います。その基本的なことはみんなで集まってワイワイやるということですね。先程家族の中でワイワイやれると随分違うといったのですが、色んな立場の人がワイワイやれる場所をいっぱい作っていく、それはインフォーマルな形でできる可能性が有ると思うのですね。私の卒業生はある病院で神奈川でない県外の病院ですがPSWという精神保健福祉に勤めたのですが認知症カフェに仕事の合う間出かけて行ったのですが、家族の方と認知症の方とお話をしてくるそうです。そこで薬剤師さんと知り合って名刺交換をしたら薬剤師さんから地域で困っていることを相談されたと言っています。認知症カフェはいろんなところにあるのですが、誰が参加してはいけないということはないので、そういうところに行って出会う場所を確保する、そういうことをまずやれればやる、そしたら今度、精神障がいの人も気楽に会える場所をもっと作ろうよという話しに、今の事業所とか通う場所とかそれ以外のところでもいろんな人が出会える精神障がいの人ももちろん行ける場所を作るそういうインフォーマルな試みというのが当然あっていいと思うのですが、先程、Y・Tさんご紹介にもありました川崎には「ここあ」というとても先駆的に活動されている会もございますし、本当に地域、地域でそういうのを増やして行って色んな立場の人がわいわい、がやがややってそこでこうすればよいねとアイデァを作業生産化につなげていく、そういうことが地域包括ケァ地域の実情におおいということが言われていますが地域の実状に応じるためにはまずボトムアップと言いますけれどそういうようなことを皆でできるようになっていくといいなと思いました。

竹島先生:どうもありがとうございました。まずは今日、最後になりますが7人の方に感謝を申し上げたいと思います。始まりに時間が遅くなってひやひやしたのではないかと思いますが5分と1分、しかも後の1分のところはもともとシナリオを見ると地域で安心して暮らすことと出していたのに別のことを言ってしまってチョット困られた方もいたのではないかと迷惑をお掛けして申し訳ありません。白石先生には講演の時間を少し削ってシンポジウムの方に回していただき大変有難うございました。私からの最後のまとめなのですが、私は川崎市で4年目になりますが、その前は国立精神・神経センターの研究所におりました。自殺予防のことと政策研究みたいなことをやっておりまして、その前は高知県中央公務員をやっておりまして川崎に来て4年になりますが川崎は予算があります。言葉を総合方向でかわすということで川崎はそういう土壌を持っていると思うのです。さっきの白石先生の言われたところに繋がるし、いい強みなんだと思います。
私は今精神保健福祉センターで今やろうと思っていることは2つあります。
ひとつめは地域包括ケアシステムに対応した精神保健を構築することです。地域包括ケアについて、精神保健の問題を抱えているために、サービスをうまく利用できないことがあります。また、ひとつの世帯の中に認知症の方と精神疾患でひきこもりの方がいらっしゃることもあります。このようにサービスをうまく利用できない背景として、しばしば精神保健の問題があります。地域包括ケアを進めていくためには、その中に精神保健を取り込む必要があります。
ふたつめは精神保健について横の連携を作っていきたい。先程、津田担当課長から話がありましたけれど、アディクション(依存症)の当事者の中に優れた活動があります。これと地域移行・地域定着のピアサポーターの活動などの横連携ができるとよいなと思っております。「地域ともに歩む精神保健福祉へ」。これからの50年、あやめ会が地域とともに歩み、発展することを祈念してシンポジウムを終わります。

 

第3部 ミニコンサート

楽しく当事時者と共に奏でたミニコンサートは、初めに窓の会音楽教室講師である鈴木晴世さん(ピアノ)、櫻井三月さん(フルート)、小林広樹さん(ギター)
のトリオにより始まりました。曲目は、[T o Love Again]ー映画[愛情物語]の主題歌、ギターの名曲[禁じられた遊び]、イタリア民謡[サンタルチア]。愛情と
若い情熱溢れた演奏に感動。また、全員で歌ったナポリ民謡「サンタルチア」(来よや友よ 船は待てり)と地域の人々と歩む精神福祉へ!の呼声は、晴れ渡った皐月の空に響いたでしょうか。 後半は、合唱とトーンチャイム伴奏:地域活動支援センター 窓の会 音楽教室メンバー、地域生活支援センターゆりあす合唱クラブ(友情出演)と家族による3曲は、あやめ会全員の心です。悲しくても、一人ぽっちじゃない「上向いて歩こう!」、悲しみのない自由な空へ行きたい「翼をください!」と行政への願いも込めて歌いました。最後に、「今日の日はさようなら!」の歌の時が来ました。参加者総勢 273 名が、「またあう日まで!」と信じあい、明日への希望と今後の進むべき道への貴重な糧が得られたことを深く感謝しつつ、あやめ会設立50周年記念大会は盛況裡に終了しました。

     

 

大会当日の配布資料

あやめ会設立50周年記念大会プログラム
設立50周年記念大会基調講演配布資料(白石弘巳氏)
川崎市精神保健福祉家族会連合会あやめ会の活動概要等
設立50周年記念大会アンケート
設立50周年記念大会ミニコンサート歌詞
あやめ会設立50周年記念大会チラシ
アンケート結果の報告

来賓出席者一覧

ご参加の皆様から、多数のアンケートをご提出いただき、貴重なご感想やご意見をいただきました。
あらためて感謝申し上げます。
特に、白石先生の基調講演には多くの反響があり、92%の人が「良かった」また、パネルディスカッションも当事者、家族のお話が真の精神保健福祉に触れ実情が分かり易かった、「良かった」69%となっております。その他、行政、あやめ会に対しても貴重なご意見をいただきました。紙面の都合で一部を掲載させていただきました。

1.質問事項の集計はつぎのとおりです。
① 性別 女性76% 男性23% 記入なし1%
② 住まい 川崎区8% 幸区14% 中原区14% 高津区15% 宮前区15% 多摩区8%麻生区6% その他18% 記入なし2%
③ 年代 20代1% 30代4% 40代12% 50代11% 60代22% 70代~48% 記入なし2%
④ 立場 家族53%(*) 支援者13% 当事者12% 一般10% その他11% 記入なし1%
(*:家族の内訳)親48% 配偶者2% 子供1% その他2%
⑤ 大会を知ったきっかけ
家族会48% 市政だより・タウンニュース17% チラシ9% 友人・知人から9%あやめ会ホームページ1% その他16%
⑥ 感想 基調講演
良かった92% 普通5% 良くなかった0% 記入なし3%
感想 パネルディスカッション
良かった69% 普通6% 良くなかった0% 記入なし25%
感想 ミニコンサート
良かった37% 普通4% 良くなかった0% 記入なし59%

2.頂いたご感想、ご意見はつぎのとおりです。
・白石先生のお話大変参考になりました。「地域で暮らせるように」する支援「顔を立てる」といったキーワードが心にひびきました。支援者としては「話す内容よりたくさん話すこと」というお話も勉強になりました。心のバリアフリーの一端を担えればと思います。
・パネルディスカッションでは当事者、家族の方のお話もとても興味深く聞かせていただきました。貴重な機会を頂き、ありがとうございました。 ・白石先生の病識のない人もまるごと尊重するということをもっと実行していきたいと思いました。
・パネルディスカッション・・・・それぞれの立場の生の声を聴くことができ興味深かったです。どの立場の人が上と言うのではなく、皆が同じという横の関係も感じられました。
・本当に川崎らしい独自の支援システム(本当の支援という言葉から違和感を感じないつながり)が生まれることを切に願います。
・長い活動の中でのご発表に一つ一つの重みがあった。中でも環境の問題が重要であることに興味を持った。そして全てを認め尊敬し“話し合う”ことがキーであることも確認できました。お話良かったです。ありがとうございました。
・充実した内容の講演とパネルディスカッションでした。地域の人と人のつながりが地域力UPにつながること・・地域包括ケアシステムの精神障がい者分野の充実が課題にあげられ、これからより一層の川崎市内に暮らしている精神障がい者が生き生きと人生を楽しむとこができるよう期待しています。
・時間の制約があるが皆様の協力がよく順調に進んだ、内容の濃い大会であったと思います。欲を言えば会場の参加者の声も拾っていただきながら対話形式でできたらさらに深まったのではないでしょうか?
・日頃窓の会にお世話になっており、スタッフの方々の優しい接し方がとてもうれしいです。窓の会の存在は本当に有りがたいです。
・精神病患者への偏見は今も強く残っていると思います.(住んでいる地域、職場等)50 年も前からあやめ会の活動に感謝すると共に益々の発展をのぞみます。
国・県・市を挙げての取り組み援助も強く望みます。当事者ですが困った時の相談窓口が知りたいです。
・一番気になることは私たちがいなくなったらどうするのか?
近所の方に娘の病気事は話せない。お付き合いしていただけなくなると思うので。何かあったときどちらへ相談したらよいのか?
・息子はひきこもりがちですのでワーカーさんなどから訪問していただきたいと思っています。親亡き後が心配です。良い支援をお願いします。
歯科、内科にかかっても費用が多く経済的支援を希望します。
・議員さんが大勢来ていたことにびっくり、また大勢の参加者でさすがに川崎の会はすごいなと思いました。障がい者関係でない地域の方はこの中にどれ程いたでしょうか。
地域啓発の場を是非やって下さい。最後にみんなでうたったのは良かったですね。川崎市は多くの点で恵まれていますね。
・40 年来息子の容態に向き合い今日まで来ました。麻生区で増野教授ご夫妻にサイコドラマのご指導を賜ったものですが、今度あやめ会(泰山木の会)に入れていただき、残された諸問題にどう立ち向かったらよいか苦悩の毎日の中、かすかに荒野に星を見つけた思いで心が温かくなりました。これからのお導きをお願いいたしますとともに心から厚くお礼申し上げます。あやめ会よ永遠に!!
・他県別世帯の子供が双極性障害と診断され、いろいろ相談窓口をさがしているところタウンニュースであやめ会のシンポを知って参加。
家族会のことをはじめて知った。広く市民にその存在を知っていただく。困っている人が入りやすいなどオープンな広報があればと感じた。
市としてまたは、あやめ会として各単会や 4 事業所の活動、役割を公開していただくことがより良い地域サポート体制ができるのでは?と感じた。
・親亡き後、地域の中で本当に一人で生きていけるのか。支援はどのような形であるのだろうか。親も死を間近にする前に決めておきたいことが山ほどあるが本人の考えを 取り入れなくてはならないことが障害となって、結局何も進めない。ケセラセラなのでしょうか。
・食事(栄養や食べやすさ)の大変さは気がつきませんでした。保健所の指導を受けながら調理師学校等と提携しあえるとよいと思いました。
水平の関係というのも大事だと思いました。当事者も支援者を助けているということを当事者にわかってもらえると当事者も社会に貢献している自負と喜びを得られるのではないでしょうか。119 番関係は切に何とかしてほしい問題ですね。ミニコンサートで楽しく締めて心地よくなりました。トーンチャイム、懐かしい楽器でした。
・民生委員の活動のなかで、障がい者特に精神障がい者の方からの相談等はほとんどありません。きょうの当事者の方、家族の方の話は驚きであると同時に民生委員がかかわることができるのかとの気持ちもありますが、当事者の方等の話は大変参考になりました。
・一番は本人の自覚が大事だと思うし大なり小なり人間皆今回のような病を持っているのではないかと感じます。病のからの中に入ってしまうのも如何なものかと思います。
私の親戚にもいるのですがあまりにも大事にされすぎるのもどうかと思います。そして作業所等の低賃金もあまりにひどいと思います。(当人は 76 才。入所は 20 代のころからのようです)

なお、詳しくは、設立50周年記念大会のアンケート結果の報告をご覧になってください。

 

あやめ会設立50周年記念大会の開催に際して(かわさきFM放送)

平成30年4月24日(火)16時から、武蔵小杉駅近くの「かわさきFM」スタジオから、あやめ会50周年記念大会のPRも兼ねて、あやめ会の活動紹介を、FM生放送により発信をいたしました。以下に、その概要を報告いたします。
かわさき FM 放送 79.1MHz
出席者 山本泰彦理事長・清水信副理事長・家族会K氏・中原区中林和恵氏
司会者 宮下敏子氏(かわさき FM 放送アナウンサー)

司会 宮下敏子氏 かわさき FM79.1MHz 時刻は4時10分を回りました。
さあここからはスタジオにゲストをお迎えしてお話を伺っていきたいと思います。
今日は川崎市精神保健福祉家族会連合会あやめ会の皆様にお越しいただきました。NPO 法人として活動されている皆さんです。5月14日の月曜日には記念式典を川崎市総合自治会館で開催されることになっております。設立50周年の記念大会が開催ということです。
午後1時から4時30分までということになります。さあ4名の方にお越しいただいておりますので、お名前の方を一人ずつご紹介いただけたらと思います。
山本泰彦氏 山本泰彦と申します。理事長をやっております。
司会 理事長の山本さんよろしくお願いいたします。
清水信氏 副理事長ということで、仰せつかっております。よろしくお願いいたします。 中林和恵氏 私は中原の家族会こすぎ会というところからまいりました。中林と申します。
司会 よろしくお願いいたします。
K氏 同じく宮前区もくよう会の家族のKと申します。
司会 Kさんよろしくお願いいたします。早速お話を伺っていきたいと思いますが、このあやめ会というのは設立50周年ということですから、50年前に作られた会だと思いますが、どのような会なのでしょうか。
理事長の山本さんお願いいたします。
山本氏 ちょうど昭和の44年ごろ各地域で精神障がい者の家族の会が出来てきたわけですね。各区にいろんな家族会また、単会といっておりますが、そういったものが方々で出来ましてお互いに連絡を取り合ってやっていこうということで連合会組織が必要でないかということになり、あやめ会が設立されました。
名前のとおり川崎市精神保健福祉家族会連合会あやめ会ということで、地域の家族会、単会を母体とした連合組織であると言うことでございます。
司会 各区に家族会ということで、いま中原と宮前からお越しいただいておりますけれど各区に家族会があるわけですね。
山本氏 7区全部に家族会がございます。
司会 この皆さんのあやめ会はメンバーとして何人ぐらいおられるのでしょうか。
山本氏 約200家族が活動しております。
司会 活動の内容としてはどのような活動でしょうか。
山本氏 活動の内容として、その一番のベース(基本となる活動)は各単会の例会というのがあります。
そこでは、それぞれが精神の障がい者を抱えているという、悩みを持っているわけですが、お互いに打ち解けた環境で、話し合ったり困った事を相談したり、また情報を交換したり、そういった集まりが活動のベースになっていると思います。
そのほか学識経験者とか精神科医を招き研修会、講演会などを開催する、それから会報を作る、レクリエーションではバスを借りてバスハイクに行ったりします。
さらには引きこもりの状態の精神障がい者が中におられますが外出がなかなかできないため、これらの引きこもりの人を対象に訪問支援をする活動などを行っています。あやめ会ではこのような地域活動支援センターを2ヵ所運営しています。
その他グループホームを 2 ヵ所運営しております。例えば、窓の会という地域活動支援センターでは引きこもり支援活動として、具体的には訪問して当事者といろんな話をしたり、当事者の外出に同行したり、そういったことをやっておりますし、そのほか音楽教室、パソコン教室、また友達を作る会の開催のほか、専門家を招き家族向けまた当事者向けの勉強会を行ったり、沢山のプログラムを実施しております。
司会 精神障がいと言いますとご家族に精神障がいという方がおられるということですので、よくご存じだと思うのですけれど、リスナーの方々に対してご紹介させていただくときに、どういう精神障がいがありますか。
山本氏 一番多いと言いますか、川崎市で精神疾患を持った人が約 3 万5千人かその位おられると推計されますが、それでいろいろな疾患がある中、統合失調症、躁うつ病(双極性障害)、適応障害等が多いのですが、発達障害も入っていますね。
司会 うつ病なんかは風邪をひくような感じで、多くの方々がリスナーさんの中にもご経験された方もいらっしゃると思うのです。統合失調症の方は高学歴の方もすごく多くて、実は本当は物凄く能力のある方が多いと聞いております。そして職場でもそういった方々に職の提供の門を広げようと国も立ち上がって支援をしていることも知っていますが、身近になかなかいないと分からないということがあると思いますが、50年の歩みとしましては、社会ではそういった方々に向けて、理解が深まってきたと感じておられますか。
山本氏 やはり根強く精神障がいに対する偏見みたいなものが、今もあるということは間違いないと思います。最近行政におかれましても、地域移行という言葉が使われていますが、これまでは医療とか家族が障がい者の生活を支えてきたのですが、これからは地域が支えるという政策の方向転換がなされてきています。
とくに現在は障がいのある人もない人もすべての人を対象とした地域包括ケアシステムの構築ということでそういう方向に進んでおりますので、やはり精神障がいを持った人も自ら外に出ていくことによって、地域の方との交流を通じて今までの偏見みたいものがだんだん解消していくのではないかと、特にここ数年そういうような風潮が高まってきているのではないかと、そのように見ております。
司会 今回の設立50周年大会というテーマも「地域とともに歩む精神保健福祉へ」ということで地域の方々と一緒になってこれから支えていく、今までは家族単位でサポートしていたものが、理解が広く深まってきたということがいえるかと思いますが、さぁここで皆さんにいろいろ伺っていくのですが、1曲お
届けしてその後に又お話を伺って行きたいと思います。これは選曲頂いたのは何方でしょうか。
山本氏 今度50周年記念大会でミニコンサートというのをやります。その時「上を向いて歩こう」は川崎市出身の坂本九さんが歌っているということで、皆さんがその曲を歌おうということになっております。
司会 5月14日に行われますこの設立50周年記念大会では式典のほかシンポジゥムと基調講演のほかミニコンサートが開催されることになっております。午後1時から記念式典でミニコンサートは夕方の4時からということですが、その中で坂本九さんの「上を向いて歩こう」が披露される予定だということ
でご選曲をいただきました。早速聞いてきたいと思います。坂本九さんで「上を向いて歩こう」で~~す。
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司会 かわさき FM 79.1MHz です。時刻は4時25分になろうというところです。
今日は NPO 法人あやめ会設立50周年記念大会が5月14日の月曜日午後1時から4時30分まで川崎市総合自治会館において入場無料で行われるということで、4人のゲストの方にお越しいただいております。理事長の山本さん、副理事長の清水さんそして家族会の中林さんとKさんです。どうぞよろしくお願いいたします。前半はあやめ会開設50周年ということでどんな会なのかと概略を聞いてまいりましたけれども、この5月の14日の記念大会の内容について、この後は伺ってまいりたいと思っております。第1部が記念式典ということで午後1時から、そしてシンポジウム1時45分からということですね。
第3部といたしましてミニコンサートが夕方4時から30分間ということになります。ミニコンサートで披露されるであろうという曲を坂本九さんの「上を向いて歩こう」を、ご紹介させていただいたところです。
この記念式典が終わった後シンポジウムがございます。1時45分からこちらはどういう内容になってますでしょうか。
山本氏 シンポジウムは大きく言いますと2つに分かれていまして、一つは基調講演ということで白石弘巳先生、この方はあやめ会、とくに地域活動支援センター窓の会の立ち上げからいろいろ尽力していただいておりまして、今日も訪問活動に対するご指導を、また勉強会の講師をしていただくなど、私たちに直接ご指導をいただいている先生でございますけれどその先生に基調講演をお願いしております。
続きましてパネルディスカッションは川崎市精神保健福祉センターの所長をされています竹島先生にもコーディネーターとして入っていただき、パネルディスカッションでは、パネリストとしまして当事者、家族、支援者、行政担当、窓の会の担当者に入って頂きまして、今後の精神福祉のあり方や、現在困っている事だとか、現時点での地域とのかかわり方だとか、そういったことを話していただき、テーマーにもありますが、「地域とともに歩む精神保健福祉へ」という方向性を見つけていきたいとそのように考えております。
司会 シンポジウムの一つめが基調講演で、二つ目がパネルディスカッションということですね。基調講演、演題テーマが「これまでの50年とこれからの精神保健福祉」ということで皆さんの設立がおよそ50年前、昭和44年とご紹介いただいておりますけれど、この50年前というのは精神保健、精神疾患を持つ方に対する理解というのは無かった時代ではないかと思いますけれど如何ですか。
山本氏 そうだと思いますね。非常に昔の場合は精神障がい者自体を隔離するような不幸な時代もあったと聞いておりますけれども、それからしますと現在、開放的になりまして病院自体もシステムや環境も良くなっておりますし、先ほども申しましたように地域が支えていくという環境が徐々に整ってきているとそのように考えております。
司会 家族会の皆さんがそれぞれの地域で活動されておりますけれども、今地域がどのように変わってきているなぁと思いますか。またはどんなサポートがあればより良いなぁとお考えでしょうか。そのあたりを伺ってまいりたいとおもいますが、司会 中林さんは家族会に入られたのはどのくらいでしょうか。
中林氏 10年ぐらいです。まだ10年ぐらいで日は浅いのです。
司会 それは10年前にご家族がそのようになったということでしようか。
中林氏 はっきりしたことは分からないのですね、急性期という症状が現れなかったものですから、障がい者といいましても軽い人から重い人まで症状がさまざまですので、うちはまだ軽かったのだと思います。なかなか見つけられなかったということでした。
司会 これはと思われてお一人で抱えることが苦しくなって、この会に入られたということでしょうか。
中林氏 区役所の保健福祉センター、今の高齢障害課の窓口をお尋ねしましたら、社会資源の説明と、家族会を紹介されましたのがきっかけになりました。私は入っていろんなことが分かりました。あやめ会に通い講演会、そのほかいろんなお勉強会に参加してはじめて入ってよかったと、気持ちが和みました。
皆さんにも助けられ有難かったと思っております。
司会 皆さんに助けられたということなのですが、一番いいなあ、良かったなあ、安心だなあ、と感じられたというのは繋がりでしょうか。
中林氏 共有した繋がりがありますから、何をお話しても通じ合うことがありましたので、お互いに助け合ってこころ強かったですね。
司会 皆さんなかなか外にいえない悩みを抱えていらっしゃる方が多いと思うのですね。
家族のことですからさらに同じような悩みがないと打ち明けられないですよね。
中林氏 それで、あやめ会の方では川崎市からの委託事業として電話相談を設けております。ご家族でおかしい、気になる症状がありましたら、区役所にいらっしゃるのもよろしいですし、チョットお電話でご相談いただければよろしいかと思います。研修を受けた相談員がお待ちしております。月曜日と金曜日午前 10:00~16:00 までご相談を承っております。
電話番号は 044-813-4555 で繋がります。お気軽におかけくださいませ。
司会 813-4555 これは高津区にあるのですね。中林さんは自分が相談をする方だったのですが、今度は皆さんのご相談も受けようということで担当もされているわけですね。
体験をした人だから理解できることが沢山あると思います。
そしてKさんは何年ぐらい前に。
K氏 もう20年になります。きっかけは息子の様子に日常生活と違うことが起こりまして、その後でこれは精神的な病気でないかと思い、病院に繋がるようにしておりました。精神の病気というものに対しては軽い知識はあったのですが、まあ良く分かっていない。そこからまず勉強をしなければいけないということで、学んで行きました。
病院の先生は症状に対してお薬を出してくださいます。年々社会資源は充実されてきていますので、20年前とは違うのですが現在は非常に厚い支援が要求していけばあるのですね。
ところがそこだけでは充足されないものっていうのは、家族の中で抱えている悩みといいますかやはり先行きが見えないという不安、それから、症状が非常に不安定だということ。
いい時は本当に何の問題もないような生活をしておりますが、ちょっとしたきっかけで症状が出てくる。
そういう中で長いこと時間のかかる病気です。
お一人お一人違うので上手に社会復帰されている人もいらっしゃる、けれども家族会の子供たちというのはなかなか社会復帰が難しく家族と長い事過ごしている中で、親が高齢になり自分のことが大変なことになってくると同時に子供達も50歳前後になってくると一般的にも将来に対する不安とかがあるので、またそこで症状を悪化させるというケースも出てくるのですね。
その部分で行政に要望とか出していくのですが、なかなかご家庭、ご本人の症状がバラバラなものですから、うまい具合にかみ合っていかないというところがあります。
今回シンポジウムにおい出下さいます川崎市精神保健福祉センター竹島所長さんがお時間を取ってくださいまして、非常によくお話を聞いてくださいました。
その時に、40年ぐらい前に所長さんが家族会とかかわった時と現在、親が抱えている問題が同じだと。
要するに他のことは充足されてきているけれども心の、親の心、家族の心その辺がやっぱり難しいんだね、というお話なので我々もこれからますます勉強しながらなんとか子供たちが親亡き後一人で住んでいけるように、社会資源というかサポートをいただきながら自らも力を養い、安心して生活できるような方向に活動していきたいなぁと思っております。
それともうひとつ強く言いたいのはこの家族会は統合失調症が多いのですけれどちょうど20歳前後の人間として成長していく時期、夢も持ち学業に励んだり、お仕事についたりしている人もいるのですがそういう方が突然この病気に襲われるのですね。
だいたい皆さんえっ!これは何、混乱して落ち着くまでにかなり掛かります。
それで是非このような機会に市民の皆さんにお出で頂いて精神保健というものに関心を持っていただきたい。身近なところでそういうことが起こった時にご自分の助けにもなるし、お互いに地域で共に生活していくうえでとても有意義なことではないかと思いますので是非お出かけいただきたいと思います。
それと家族会にもなかなか繋がらないで苦しんで20年ぐらい過ごしてきた方が入会されてくるのですね。その方のお話を伺うと解決策ではないのですが、皆さんにお会いし、お話を聞いていただき今まで家族で苦労していたことが何だったのか、肩の荷が下りたと本当に家族会に来てよかったという声を聴きますので、お近くに家族会があります。ぜひ覗いていただきたいと思います。
司会 各7区にあるということで、どこにあるのかなっていうのは、それぞれの保健福祉センターに問合せれば各区の家族会につないでいただけるのですね。
山本氏 はい。窓口になってくれております。
司会 もう一つは NPO 法人あやめ会の方に直接ご連絡いただければ身近なところをご紹介いただけますか。先程の 044-813-4555、そして私もホームページを拝見しましたけれどホームページもございますので活動などの詳細ですとか歩みについてもご紹介がありますので、ご覧いただければと思います。
しかしながら皆さんがご健在の時はいいと思います。自分たちの家族の眼が行き届いているから、だけどお子さんが一人になってそうしたらどうしたらいいのか、誰が見守ってくれるのだろう、サポートしてくれるのだろう、という不安というのはあるんだなぁと、今お話を伺って切実に感じてくるものがあったの
ですが、いまそういう動きはないのですか。
清水氏 我々家族会の悩みは、一言でいうと“不安”なんですよ。更には、“親亡き後の不安”なんです。
これへの対応をどうするが、我々の課題なのです。
この精神疾患というのは、偏見と差別の歴史なのですね。我々家族会としては50年の歴史なのですが、このテーマは100年の歴史があるのです。即ち明治33年(1900年)に精神障害者監護法というのが出来ましたが、監は監禁、護は保護者のことで、つまり、自宅留置(座敷牢)に入れ、家族で保護を行え、という歴史から始まったのです。
明治・大正時代の有名な精神科医の呉秀三先生が、当時の状況から「この病気の人は、2つの不幸を持っている。1つはこの病気のかかったことである、もう1つは、この日本に生まれたことである」と断言しています。
それは日本が何かと遅れているということであり、そのまま歴史を引き継いで今日に至っているということだと思わざるを得ません。それに如何に対応していくのかが我々のテーマなのです。さらに行政的な支援も願っております。
それを、具体的に展開してくれるのが、市の計画している「地域包括ケアシステム」だと期待しております。これも、理念や目標がいかに立派でも、具体的に我々の生活にどう反映されるかというのが現実の課題なのです。早々の具体的展開をお願しております。
さらに重要なのは、一般市民への啓発ですよ、それに教育です。我々国民は、小さい頃よりこの病気への偏見が刷り込まれていると思わざるを得ませんので。加えて求めるのは、相談支援です。
分散している現状から、一元的な相談箇所で対応してもらい、病院につなげるとか、引きこもりの家庭へは訪問型支援を斡旋するとか、の指導をしてもらいたい。
その他も当事者のそれぞれの状況に応じたシステムを具体的に構築し、機能・責任・連携、を明確にしていただいて、現実の我々の生活に反映されるような形で展開してもらえるように願うばかりです。
さらに重要なのは、これらのバックアップ体制として経済的支援を充実していただきたいということです。
これは単なる経済的支援と言うのではなく、障がい者種別間の問題として、知的・身体・精神と 3 大障がいの中でも格差があるのです。障害者手帳というのがあり、精神は 1 級、2 級、3 級とあるのですが、身体障がい者は 1 級から 6 級まであって、1 級から 2 級は重度障がい者として、大変手厚く助成もらっている。知的も A1,A2、B1,B2 級となっており、これも 1,2 級が重度としての助成をもらっている。精神だけは 1 級のみです。各等級の重度の占める比率は身体が50%超、知的は 40%弱、精神は9%弱です。
同じような扱い方をしていただかないと困ります。
高齢化が進んでおり、親も年を取っていて、当事者も年を取っているとなると老障介護になってしまう。
老人も介護、当事者も介護しなければいけない、そういうことは経済的に面倒を見て頂かないと共倒れの不安でいっぱいだということですよ。そこを配慮してもらいたいものです。
たまたま福田市長が公約で“あらゆる差別を根絶する条例の制定を検討する”と謳われましたが、これを機会に、色々と幅広く議論することによって精神障がい者への理解が深まること期待されます。そのことで社会と大きくつながることを切望しているのです。
川崎市が、過去に評価されたように、今後に先駆的に役割を果たしてもらいたいといと考えております。
思いつくままに勝手な意見を述べてしまいました。まだまだ他にも沢山の問題を抱えていますが、とりあえず以上です。
司会 これ本当に当事者でないと悲しさとかそういうものが分からないですよね。問題とか。私も家族に病気のものがいてそれは認知症だったのですが、そうなって初めてまだ介護保険が出来ていない、私達家族はおかしいと思っていないわけですよ。
それは私たちが一つずつ触れていく、理解していく、体験していく、ということが大事なのだな、そうすると社会が少しずつ変化していくのが当たり前の時代になっていくのではないかなあと。
今日は皆さんのお言葉から思いというのが私にも伝わってきました。たぶんラジオをお聞きの皆さんも伝わっているのではないかな、という風に思います。
5 月 14 日にぜひ多くの方にお越しいただきまして,理解を深めて頂けたらなぁと思います。
これからですねまだまだ。
清水氏 偏見でずっと埋まっているのですよ。外にあまり言えないのですよ。自分の家族にいるということが、最大の問題だと思っています。それは何かというと不安に駆らえているのです。周りもそういった意味でも展開をして行ってもらいたい。
山本氏 はい、まず私どもの活動を多くの人に知っていただく、一般の住民、市民の方にこういう活動をやっていることを知って頂く事がやはり「地域とともに歩む精神保健福祉へ」のスタートラインではないかとそういうふうに考えております。
司会 当日は皆さんのご家族も来られるわけですか。
山本氏 足が悪いとか痛いとかの人は来られませんが、できるだけ皆さん家族に来ていただけるようにそのような準備を致しております。
司会 身近にそういう方がおられないという方も多いと思うのですが、いま、職場の中でとかお友達の中でご病気を抱えていらっしゃる方も多いと思います。
そういうところからの理解というのをまず、同じ会場にそういう方もおられて一緒にお話をしたりとかできるような環境というのも必要かなぁと考えました。
ありがとうございます。5月14日月曜日午後1時から川崎市総合自治会館の方であやめ会設立50周年記念大会、「地域とともに歩む精神保健福祉へ」と題して行われます。もう50年の継続というのも大変、メンバーの方もたぶんご高齢になっているかなあと思うのですが、若い方の入会はおいくつぐらいでしょうか。
山本氏 若い方で40台の方もおられるかと思いますが、だいたい発症時期が20歳前後となりますと、若い方で40歳過ぎてからと言うことになります。思春期超えてからの発症が多いですから。
司会 みんな高学歴の頭のよろしい方が多いのですよね。
山本氏 そういう方もおられます。結構今まで実際就業されていて自分でかなりスキルを持っておられる人も、いろんなストレスでそういう症状に陥ってしまうというケースの方もおられます。まずそういう人には復帰してもらいたいと思います。
清水氏 それと若い人が少ないというのは、2人で働いている方が多いです。女性はなかなか暇がないのですよ。参加して尚かつ活動をしていく余裕がないのです。我々の課題です。
司会 働いていて家族が出来ないということでしょうか。
K氏 今年は入ってきた方が50代、子供さんが22,3歳。やはりウイークディはお仕事をしていらしてなかなか来られない。勉強会とかそういうのに都合を付けて出かけていく、まず学ぶことが大事なので何とか出席できるような機会を今考えているところです。
司会 それは課題ですね。若い方々の方がもしかしたら若いがゆえに悩みも大きい方も多いと思うのですね。その点も考えて頂けたらと思います。
清水氏 8050問題といわれて80歳の親が50歳の当事者を抱えていると、親もぼけてきて共倒れの状態になってくる、課題ですね。
司会 私もちょっと理解不足のところ、知識不足のところがあるかと思いますがこれからも番組を通して皆さんの活動や精神保健福祉についてもご紹介させていただきたいと思っております。
一同 ありがとうございました。
司会 川崎市精神保健福祉家族会連合会あやめ会の皆さんにお越しいただきました。理事長の山本さん、副理事長の清水さん、家族会からは中林さん、Kさんでした。中原区、宮前区で活動をされておられます。ぜひ「地域とともに歩む精神保健福祉へ」5月14日月曜日午後1時から4時30分まで川崎市総合自治会館へお越しいただきまして言葉を交わしていただき、いろんな情報を得て頂きたいと思います。記念式典は1時からシンポジウムは1時45分、記念ミ
ニコンサートは夕方の4時からとなっております。心の相談コーナーも手作り品の販売コーナーもあるということです。相談無料・秘密厳守で行われます。ぜひ皆さん足を運んでいただけたらと思います。それではお別れに曲のリクエスト頂いております。ザカーポで「翼をください」私も大好きな曲で~す。

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